こんにちは

院長の竹内です。問診で患者様へ色々と伺う事がありますが、私の事も少し知って頂ければと思い、このページを作成しました。

整体師への転職

私はプログラマーとして都内各地の生命保険会社を中心にシステム保守の仕事をしていました。

しかし、腕一本(二本?)でご飯を食べていくという職人の様になりたいという憧れと、人に感謝される仕事がしたい、という思いが募り、今までとは180度違う『整体師』という職種を選択することになりました。

ギックリ腰の衝撃

プログラマーを辞めて整体師になったものの、整体だけで食べていけず、パン屋さんでアルバイトをしていていました。

パン屋さんの仕事は楽そうなイメージがありますが、実際はハードな肉体労働なのです。特に巨大な銅鍋でカスタードクリームを作ったり、中腰のまま、ひたすらパンにデコレーションする作業は特に腰に負担がかかっていたと思います。

早朝はパン屋、午後からは整体の仕事。そんな生活を半年続けたある日・・・

朝、ベットから立ち上がって、クシャミをしたと同時に腰に激痛が走り、その場に座りこんで動けなくなってしまいました。

原因は、プログラマー時代と全く違う筋肉を酷使し続けたことと、急激な環境の変化によるストレスが大きかった思います。

えっ?ドロボウ!?

ギックリ腰がおきてから2日目の蒸し暑い夏の夜のことです。わたしは暑くて寝苦しかったので窓を少し開けて寝ていました。

すると、窓がスーッと開いて手が入ってきたのです。

腰が痛くて動けないので、とにかく声を出さないと!と思い、「誰だー!」と声を振り絞って叫んだら、ダダダダッと走っていくのがわかりました。

逃げてくれたから助かりましたが、本当に怖い体験でした。

ギックリ腰が転機に

これは腰はカラダの要だ!ということを身をもって思い知らされた出来事でした。腰が使えないと、自分の身を守ることすらできませんでしたし、「動けなくなるかもしれない」という不安、そして無力感を味わいます。

もともと、腰は丈夫な方ではありませんでしたが、今までこれほど不自由な思いをしたことはありませんでした。

整体師として「腰痛を改善する技術に磨きをかけたい!」という思いがますます強くなった出来事でした。

弟子入りを決意

更に整体技術を磨くため、弟子入りを決意しました。

師匠の治療院は大変繁盛しており、弟子として毎日忙しい日々を送っていました。

仕事が終わってからも、師匠に時間が合った時は技術チェックをしていただいたり。時にはご飯をご馳走になったり、ミスをやらかして怒られたり(笑)

仕事は厳しい師匠でしたが、仕事以外では優しく、色んなことを気にかけてくれました。

整体の技術だけでなく、人間としての基礎も教えていただいた師匠には、ただただ感謝しかありません。

整体院のオープン・震災・結婚

ある日突然師匠から、「そろそろ自分で整体院をやってみてはどうか?」という提案をされました。

私は『自分の整体院を持つ』という目標を持って頑張ってきましたが、いざやるとなると迷いが出てしまい、なかなか踏ん切りがつきませんでした。

しかし、師匠のもとでやるだけの事はやってきたという自負はあったので、思い切って稲毛に整体院をオープンすることを決めました。

人通りも少なく、駅から少し離れているので、オープン当初は苦しみましたが、徐々に来院数も増えていきました。

そして2011年3月11日。東日本大震災が起こりました。未曾有の災害を目の当たりにし、人と人との繋がりを考えさせられました。そんな時、縁あってその年の10月に結婚することとなり、震災を機に人生の転機を迎えました。

千葉県茂原市で腰痛専門整体院をオープン

そして結婚を機に家内の実家が近い、茂原市へ整体院を移転オープンし、心機一転の開業となり、現在へ至ります。

痛みを取る整体は勿論ですが、腰痛を招く姿勢の改善や、ストレッチをアドバイスし、通院回数を減らすことを目標としています。

そして、ご自身の身体を理解し、ちょっとした痛みでもケアできるようになっていただく事が最大の喜びです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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